<バス旅記>

宮前植木の里への 標示板が立つ三田橋交差点
東急田園都市線鷺沼駅から南東へ走り出したバスは国道246号を横切り、左手に宮前郵便局を見て進みます。鷺沼駅の北西にある「日本精工グラウンド」付近を水源とする有馬川は地下を通って、国道246号を越えたあたりで地上に出現。三田橋交差点近くで有馬街道に寄り添います。
三田橋停留所でバスを下車し、100メートルほど戻ったところで金網のフェンスごしに有馬川を確認。有馬川に架かる「三田橋」は3つの田んぼがあったことから名づけられたと言われています。
交差点にはJAセレサ川崎が設けた散歩コース「宮前植木の里めぐり」の「←宮前植木の里」「宮前植木の里→」の標示板が立っていて、どちらへ行こうか迷わせます。

有馬ふるさと公園は 里山の面影を残している
住宅街へ進むと、見事な枝ぶりの植木が並ぶ植木農家。職人さんが鳴らす植木ばさみの音がどこからか耳に心地よく響いてきます。
いちだんと緑の色濃い一画は「有馬ふるさと公園」。多摩丘陵の原生林が保存された公園内は、大人にとっても子どもにとっても探検心がくすぐられる格好の遊び場。葉っぱの裏をのぞきこんだ子どもたちが「うわー、卵がいっぱーい!」と驚きの声をあげています。
斜面を覆う雑木林には「この中には野鳥がいます。犬の散歩や訓練は止めること」と書かれた看板。「野鳥とは?」と何やら気になるのでした。

鮮やかな紅葉を見せてくれる トウカエデ並木
トウカエデの並木を下って行くと、梨園が点在。つま先立ちで見上げ、直径5センチほどの黄緑の実がそこここになっているのを見つけます。
戦前、有馬一帯は栗の産地として知られていました。しかし、戦時中の伐採や害虫の被害によって全滅。昭和30年代に稲城市矢野口より梨を移植し、栽培が始められたのです。
「有馬梅林公園」前の梨園では8月下旬から9月上旬まで豊水が収穫され、直売や地方向けの発送を受け付けると案内されていました。

有馬梅林公園まわりの梨園と 影取大蛇の説明版
有馬梅林公園の角で目にとまったのは、「影取大蛇の伝説」の説明板。昔々、このあたりには大蛇が棲む池があり、若い娘が通ると水面に映った影を大蛇に呑み込まれてしまったそうです。「影取谷戸」など、この地域の地名の由来になった伝説だと読み、「なるほど〜」とおもわず膝を打ちます。
歩き出してすぐのところに今度は、宮前植木の里めぐりコースの「つつじ通り」。大ぶりのツツジの木が両側に重なり合い、毎年5月初旬から中旬までの見頃の時季には、それはそれは華やいだ雰囲気に包まれることでしょう。

長善寺はボタンやサザンカなど 季節ごとに美しい
有馬街道に戻ってバスに乗車し、神明社前停留所から下有馬停留所へ。1530年頃に創建された「長善寺」には「植木供養塔」があり、毎年3月のお彼岸過ぎに、その年に枯れた植木などの供養をするための供養祭が行われます。
「昭和30年代から宮前の植木栽培は盛んになった。開発の手が入り、都市化した今、植木畑は緑の供給地となっている」と境内にあった説明板。池にコイが泳ぐ日本庭園をのんびり散策した後、本堂の脇にひっそりと立つ植木供養塔と対面し、宮前と植木のつながりの強さを改めて感じました。

有馬川に架かる階段の橋。 ちょっとユニーク
長善寺の竹林を眺め、庭石となる大きな石がごろごろと置かれた造園会社や植木農家のあいだの道を行きます。市営有馬第一団地の先には「東有馬植木の里公園」。高台にあり、吹き抜ける風がさわやかです。有馬川に架かる階段状の橋を渡って、再び有馬街道に戻ると、子の神停留所が待っていてくれました。
と、ここでちょいと気になったのは、子の神停留所と、その次の稲荷坂停留所の名前。停留所名のもととなった神社とか稲荷社とかが近くにあるのかなと手持ちの地図を見ましたが、表示がありません。停留所で一緒になったおじいさんに聞いても、「わからないなぁ」。今度、ゆっくり歩いてみましょう。

和田八幡宮の池。 池の主が棲んでいるかも!?
再びバスに乗り、下車したのは和田八幡宮下。森に囲まれた和田八幡宮のお堂とともに、柵に「池であそばないでください」の貼り紙をされた小さな池を見つけました。
なんと、この池にも「池の主」という民話が残されています。昔、隣村の観音寺の古い池を埋めたところ、大きな白蛇が行き場を求めて空を飛び、湧き水が溢れていた八幡宮へ移って来たという話。
地図を見ると、有馬街道と有馬川を越えたところに観音寺の表示。「ほう、ここから飛んで来たのか」と、またまた膝を打ちました。
文・写真・地図:森田奈央 2007年6月に取材しました。
川崎市在住のフリーライター。散歩が好きで、
好奇心のおもむくままに日々歩きまわっている。著書に猫を追いかけて歩いた「ネコ路地へ行こう」(小学館文庫)。
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