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路傍の晶:第5回 オリジナルウェディング アトリエ マティナル 店長 喜納さん

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地域に根ざしてご活躍をされている店主の方々へのインタビューをお届けします

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第5回 オリジナルウェディング アトリエ マティナル 店長 喜納さん

フルオーダーだけでなくリメイクも手掛ける喜納さん

フルオーダーだけでなくリメイクも手掛ける喜納さん

 きっかけは、かつて仕事を共にした同僚の結婚だった。子連れで二度目の結婚を決意した彼女は、式や披露宴を行なうつもりはないという。「それならパーティーを企画して、仲間内でお祝いをしてあげよう」喜納さんは友人とともに策を練った。さっそく会場を手配し、知人宛てに招待状を送る。式次第を考え、少ない予算のなか会場の演出にも力を注いだ。最大のサプライズは、ウェディングドレスである。花嫁に悟られぬようサイズを確認し、ミシンを踏み、針を走らせた。

 その日の笑顔が忘れられない。予定されたパーティーはもちろん、目の前に突然用意された無垢のドレスに、花嫁の驚きと感動が溢れた。「とても喜んでくれました。またウェディングドレスの制作をはじめ、パーティーのプロデュースもすごく楽しかった。このときに、ブライダルの仕事をやろうと決めたんです」同僚のサプライズパーティーのわずか2ヵ月後、喜納さんは「アトリエ マティナル」を立ち上げたのだった。

『卒業』した花嫁からは、いまもたくさんの便りが届く

『卒業』した花嫁からは、いまもたくさんの便りが届く

 長野に生まれ育った喜納さんは、小5のころから自分のミシンを持ち、あらゆる裁縫に励んでいたという。
「編み物好きの母の影響でしょうか、手編みから機械編み、刺繍、染めと、見よう見まねでなんでもやりました。縫い上げる達成感に、喜びを感じていた。高校に通いながら和裁を習い、結婚した21歳のころには、和裁も洋裁も、ひと通りのことはできるようになっていました。友人や知人の結婚式の際には、着付けも頼まれました。ですから現在の仕事は、私の集大成といえますね」

オーダーウェディングドレスの「アトリエマティナル」を始めて、約3年半が経つ。だが仕事は、ドレスの制作だけに止まらない。ベールや小物類など、各種アイテムも手掛け、希望に応じて式の当日にはフィッティングに赴き、花嫁の晴れ姿を見守る。ときには、制作の過程で結婚のさまざまな相談事を聞くうちに仲良くなり、「私のウェディングドレス姿を一番に見てほしい」と誘われ、式に列席することもしばしばだという。

さまざまな道具と確かな技術で、幸せを紡ぐ

さまざまな道具と確かな技術で、幸せを紡ぐ


「丹精を込めて縫ったドレスがもっとも輝く結婚式に、自分自身が立ち会えるのは、このうえない幸せ」喜納さんは、頬を緩める。
「結婚するふたりには、当事者だけでは済まされない色々な背景がある。私も結婚や出産を経て、社会経験を積んでから、いまの仕事に就きました。ここで花嫁の悩みや相談を親身になって聞いてあげられるのも、そんな人生経験のおかげかもしれません。まるで花嫁のお母さん、もしくはお姉さんになった気分で、いつも皆さんの結婚式を迎えています」

 こうして彼女のもとを“卒業”した花嫁とは、結婚後も繋がり、年に一度の同窓会まで開いているという。また手掛けたウェディングドレスは、生まれ来る子どものセレモニードレスに仕立て直すこともある。結婚はゴールではない。人生の新たなスタートであること、そして希望に満ちた未来を、喜納さんの走らせる針が教えていた。




取材・文◎隈元大吾

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