
「365日、温泉のことだけを考えている」と笑う安岡さん
3代目は幼いころから、浴場に顔を出しては利用者の背中を流していたという。
「ひとと話すことが好きで、とくに大人の方と交流できるのが楽しみでした。皆さん温かく、まるで親戚のような間柄でした。楽しくて、一日じゅう風呂場にいましたね」
有馬療養温泉旅館の歴史は古い。安岡さんの祖父が有馬に温泉を発見したのは、昭和30年代後半まで遡る。当時は田園都市線も開通しておらず、周囲は見渡すかぎりの田畑に囲まれていた。無論、水道など通っているはずもない。
この地への移転を決めた祖父が井戸を掘ったことが、契機だった。湧き水が出たのである。沸かして入ってみると、体の芯から温まり、湯冷めもしない。安岡さんの祖母を苦しめていたリウマチの痛みも、湯に入るうちに和らいだ。正真正銘の温泉だった。以来、近所の噂となり、朝から行列ができるほどの賑わいだったという。

「家族的なおもてなし」で利用者を迎えてくれる
「体の悪い人たちに、少しでもよくなってほしい」高い治癒力を宿した湯を、祖父は自分たちのためではなく、万人に利用してもらうよう開放した。当初は入浴のみだった施設から旅館に移行したのも、「足腰の悪いお客様が泊まってゆっくりできるように」という配慮からだった。ちなみに、かつてリウマチに悩まされた祖母は現在、3代目と並んで元気に働いている。
「うちの湯は、鉄泉と呼ばれる泉質なんです」安岡さんは説明する。
「鉄泉は温まりやすく、冷めにくい。ですから貧血症や冷え性、腰痛、神経痛など、いわゆる婦人病に代表される、血行に関する症状にはとくに効果があるんです。また刺激が少ないので、傷口にも沁みにくい。どんな方にも安心して入っていただける温泉です」
さらに「安心」の理由は、もうひとつある。
「祖父の代から温泉の管理はもちろん、設備の管理や維持、修理など、すべて自分たちでメンテナンスしています。ですから、つねにすべてを把握していますし、万が一、欠陥が見つかればすぐに対処できる。入浴時間を10時から22時までと定めているのも、衛生面を配慮してのこと。いい湯を、自信を持ってお客様に提供したいですからね」

金色の膜を張る「霊光泉」が治癒を促進する
利用者は老若男女を問わない。治癒を目的に温泉に入る者もいれば、安岡さんが腕を振るう家庭料理を楽しみに訪れる客もいる。祖父が開放したときに初めて入浴した利用者も、いまなお足を運び続けているという。
「なによりも大事にしているのは、心の触れ合い」と、安岡さんはいう。
「お客様同士、温泉に浸かりながら会話が生まれて繋がり、さらに私たちも皆さんと繋がっていける。文字通り、“裸の付き合い”ですよね。すると、病で気持ちが沈んでいる方も、明るくなっていくんです。親戚の家に遊びに来ている感覚で、ゆっくり療養していただけたらうれしいですね」
温めるのは体だけではない。分け隔てなく人々を大切にした祖父の思いは、「心も温めたい」と願う3代目によって、40年が経ったいまも変わらずに受け継がれている。
取材・文◎隈元大吾
有馬療養温泉旅館
住所:〒216-0002 川崎市宮前区東有馬3-5-31
アクセス:田園都市線鷺沼駅より3番乗り場から乗車、中有馬バス停下車徒歩1分
電話番号:044-877-5643
営業時間:11:00〜22:00(日帰り)
チェックイン 15:00/チェックアウト 11:00
定休日:なし(日帰りのみ水曜定休)※※1月1日は、日帰り入浴はお休みです※※
|