
「ジンギスカンを普及したい」と語る前田さん
17年間に渡り、自営で土木建築の仕事に従事していた。コンクリートを流し込む大型の機械を持ち、さまざまな建築現場へと足を運ぶ。だが年々増す過酷な労働条件に、肉体は次第に蝕まれていった。痛風にも悩まされ、気軽に肉類を摂ることさえ儘ならない。「この仕事を続けていくのは厳しいかもしれない」47歳、決断のときは刻々と迫っていた。
そんなある日、札幌に住む義理の母が羊肉を送ってくれた。3日連続で食したところ、痛風の痛みは起こらず、さらに減量にも成功する。そして、ふと思った。「これをやれということなのかな」と。
前田さんは振り返る。
「私自身、じつはあまり羊肉に馴染みはなかったのですが、美味しくヘルシーだということをこのとき身をもって知りました。ちょうど土建業を畳もうと考えていた時期と重なり、また昔から食の仕事に興味を抱いていたことも手伝って、どうせゼロからやり直すのならと思い、ジンギスカンのお店を開こうと決意したんです」

鹿児島出身の店主が厳選した焼酎も並ぶ
怪我の功名というべきだろうか。ただこれを「挫折」と捉えたとすれば、今回が初めてのことではない。かつて野球に熱中していた前田さんは、その才能を買われ、スポーツ推薦で高校へ進学する。だが怪我に悩まされ、甲子園の夢叶わず、人生の針路を変えざるを得なくなった。生まれ故郷の鹿児島から上京し一時は俳優を志すも、業界の空気に馴染めず、これにもまた見切りをつける。そして進んだ土木建築の仕事で長年、汗を流してきたものの、今度は肉体の限界が立ちはだかったのだった。
しかし今回の転機は、これまでとは趣きが違うようだ。「いままでで一番、運が向いてる」と、彼は喜びを隠さない。
「前の仕事からの移行も、不思議とスムーズに事が運びました。また羊肉も、義母の縁で札幌でも美味しいと評判の品を仕入れています。名店で修行も積ませてもらい、自信を持って店を開くことができました」

こだわりの食材を手ごろな価格で提供する
こうして前田さんは2005年6月、有馬に「しぃ〜ぷ」を立ち上げた。川崎市宮前区では唯一のジンギスカン専門店である。開業して2年が経とうとするいま、「団塊世代の方々にもジンギスカンを知ってほしい」と思いを馳せる。
「よい肉は臭みもなく美味しい。なにより、体にいいんです。ジンギスカンを当たり前のように食べる生活を送ると、体調もずいぶん違ってくると思います。それを知ってほしいという思いが一番強いですね」
数々の挫折を乗り越え、現在に至る。それだけに、初志貫徹の思いは強い。今年49歳を迎える前田さんは、巡ってきた縁に感謝しつつ、遅れてきた春をいまようやく謳歌している。
取材・文◎隈元大吾
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