<散策ノート>
六叉路を始点として上って行く坂

太くて迫力満点のダイコン
東急バスの運行系統「宮前平駅〜野川台」「鷺沼駅〜梶が谷駅」「野川台公園前〜小杉駅前」の停留所「山下」からすぐの交差点。道路が六方向へ複雑に伸び、その角々にスーパーやコンビニエンスストアが建っています。買い物客が行き交い、「歩車分離式」の信号機によって、人と車が交互に交差点を通り過ぎて行きます。
歩行者用信号の「赤」を待っているあいだ、聞こえてきたのは、「わっ、すごく太いダイコン」「あれ? さっきはあったのに、もう売り切れている」という買い物袋を提げた人々の声。話題となっているのは、交差点そばにある野菜の自動販売機です。仕切りのなかにダイコン、ハクサイ、ニンジン、ホウレンソウの姿がありますが、すでにほとんどがカラの状態。足を止めてのぞいて行く人が多く、こちらの野菜はたいへん人気があるようです。

ぷっくり膨らみ始めた梅のつぼみ
横断歩道を渡ると、「梅の木坂」の名前と由来が書かれた標識を発見。緩やかな上りの坂道にはカツラ並木が影を等間隔に落としています。両側には交差点から放射状に分かれた2本の道路がそれぞれ続いていて、坂を上って行くうちに高低差がどんどん大きくなることで、坂の勾配がきつくなっていることに気づきました。
坂の途中に広がる「梅の里」

斜面いっぱいに広がる梅の里
宮前は自然に恵まれ、植木の栽培や農産物の生産が盛んな地域でした。近年は住宅地化が進んでいますが、農家の人々は植木づくりに力を入れ、「植木の里」と呼ばれています。
「宮前植木の里めぐり」は、もっと植木に親しんでもらえるようにと設置された散歩コース。JAセレサ川崎宮前支店でもらえるパンフレットには、野川の「梅の里」、東有馬の「椿の里」、土橋の「竹の里」、有馬の「つつじ通り」などのほか、ナシやメロンの生産地も案内されています。

蝋梅の向こうに梅の木坂が見える
坂の右側に「宮前植木の里 総合案内板」。坂の名前の由来となった梅林があり、「梅の里」とされているところです。「二月に入ったら花が咲き始めますよ。もうずいぶんつぼみも膨らんできているみたいね」と、通りがかりのおばあちゃん。「梅の種類もいろいろ揃っているから、見ごたえがありますよ」。
パンフレットによると、この地域は傾斜地が多く、作物を栽培するには不適当だったそうです。そこで、数十種類の観賞用の梅の木を栽培したとのことでした。
甘い香りに鼻をくすぐられる梅林

梅の木の下で猫も開花を待つ
案内板から右へ道を入って行きます。梅のつぼみが赤、白、ピンクに膨んでいる木、日当たりがよい枝だけ先に開花している木があります。「あけぼの」「残月」「紅千鳥」「呉羽」などと名札を提げた木も見つけ、梅の名前はなんて雅やかなのだろうと感心します。
甘い香りに鼻をくすぐられて見上げたら、早咲きの蝋梅が満開。半透明の黄色い花びらはパラフィン紙で作られた模造花のようです。「この斜面はすべて梅林だよ。ざーっと一面に梅の花が咲いて、とってもきれいなんだ」。散歩をしていたおじいちゃんもにこにこと心待ちにしている様子。「梅の里」のまわりをぐるりと一周したら、あらら、梅の木坂の始点へ戻ってきてしまいました。

雰囲気たっぷりのいろり銀亭
そこで、バス停「山下」近くにある茅葺き屋根の店「いろり銀亭」でランチ休憩。200年の歴史を誇る茅葺き屋根の民家を改装し、夜は囲炉裏ばたで炭火焼き、昼は気軽に天ぷらやうなぎを味わえる店です。
かつて、このあたりには茅葺き屋根の家がたくさん建ち、この建物にも数年前まで実際に人が住んでいました。入口の土間で天井を見上げると、茅葺き屋根の裏側に懐かしい里山の風景が思い起こされるようです。「梅の里」も、もうすぐ甘い香りでいっぱいになるでしょう。それを楽しみに思いながら、梅の木坂をもう一度、上り始めたのでした。
文・写真・イラスト:森田奈央 川崎市在住のフリーライター。散歩が好きで、好奇心のおもむくままに日々歩きまわっている。著書に猫を追いかけて歩いた「ネコ路地へ行こう」(小学館文庫)。
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