かわさきマイスター活動レポート
講演会が開かれた神奈川県立川崎工科高等学校
かわさきマイスターの伊藤直義さんを講師に迎えての「ものづくり講演会」が10月20日(木)、神奈川県立川崎工科高等学校(川崎市中原区・棟方克夫校長)の体育館で同校の1年生236名を対象に開催されました。
この講演会は、ものづくりに携わるプロから、ものづくりや仕事の大切さ、難しさ、楽しさを語ってもらい、将来の職業選択・進路選択に生かしてもらおうと、同校と川崎市が連携し開催したもので、次世代を担う若者の人材育成を目的とした「ものづくり夢先案内人事業」の一環。講師の伊藤さんは、この講演会を通し「ものを作る楽しさ」を感じてもらい、「自分でも出来る、やってみたい!」と生徒達に思ってもらえるよう、自らの様々なものづくりの経験やものづくりに対する想いについて熱く語りました。
講師を務めた伊藤直義さん(平成22年度認定かわさきマイスター/機械設計・製作)
■講師プロフィール
伊藤直義氏/平成22年度認定かわさきマイスター(機械設計・製作)川崎工業高校(現・川崎工科高等学校)機械科を卒業後、富士電機株式会社に入社。火力(蒸気・地熱タービン)発電設備や水力発電設備を製作、世界各国に納入している川崎工場で、水力発電のタービン(水車)の設計開発などに携わる。富士電機株式会社を退職後は、火災報知機の工事請負等を経て、1983年に製造設備機器や医療器械器具等の開発・設計・製作・販売を行う有限会社伊藤工業を川崎市幸区にて創業(現在は高津区野川に移転)。2010年(平成22年)に、これまで手がけてきた数百種類の機械設計と製作を手がけてきた経験等が高く評価され、川崎市内最高峰における機械設計・製作のスペシャリストとして「かわさきマイスター」に認定。
【伊藤さんの連絡先】
有限会社 伊藤工業 ■所在地 川崎市高津区野川3730-6
■電話 / FAX 044-766-5111 / 044-766-8391
■HP
http://www1.odn.ne.jp/~koujin/
同校OBの思い出と社会人としての半生、そして起業へ
OBとして、母校の思い出を語る
講演会でお話するのは初という伊藤さん。しかし、同校は伊藤さんの母校ということもあり、学生時代の頃の写真をスライドで写しながら、和やかに講演会が始まりました。
修学旅行やクラブ活動の思い出をモノクロの写真と共にお話。1年生のときに「少し知っておいた方がいいかなと思って」入部したクラブは、対数の原理を利用したアナログ式の計算用具である「計算尺」に関する「計算尺クラブ」、2年生では「自動車クラブ」に入部したお話を伺い、伊藤さんのものづくりの原点が少し見えたように思いました。
また、高校卒業後のお話では、卒業後、大手企業の富士電機株式会社に入社した伊藤さんが、水力発電のタービン(水車)の設計に携わっていく中で「全体を知りたい」と思い、インドの水力発電所建設に際し「一から全て自分にやらせてほしい」と会社に訴え、本当にそれを実現してしまったことなどが語られました。
大きな仕事をやり遂げ、様々な経験と実績を積んだ伊藤さんが、次に選択したのは自ら会社を設立すること。最初は海外留学のために貯金をしていた伊藤さんでしたが、運命のいたずらかその夢は叶わず、仕事をしていかなければならなくなったとき考えて出た答えが「起業」という選択肢でした。
「好きなことなら多少イヤなことがあっても続けられる」と起業した当時を振り返る
「当時、企業に入って残業するとかはあまり好きではないし、お客さんの都合で振り回される仕事もイヤだなぁと思っていて。若いし、自信があったんですね(笑)。じゃあどうするかと考えたときに、機械を作ることは好きだからそれなら多少イヤなことがあってもやっていけるんじゃないか、と。そして今も機械を作ることは好きで、その仕事を続いています」
人生の岐路は誰にでも訪れます。その時に、この伊藤さんの“自分が好きなことなら多少イヤなことがあってもやっていける”という信念に基づいた選択をしたお話は、これから長い人生を歩む上でたくさんの人生の岐路を向かえる生徒さん達に、とてもよいアドバイスになったことかと思います。
どこにも無いものを作る喜びと重要なポイント
仕事で作った恐竜の骨のレプリカをスクリーンに映し出し、説明
一通り、ご自身の経歴についてのお話が終わると、今度は伊藤さん自らが作ってきた様々なものの紹介が始まりました。
最初はプライベートで作った船や家の写真を見せる伊藤さん。
「ものづくりの基礎がわかっていれば、家も作れるのではないかと友人達と密閉式の家作りをしてみました。設計して、基礎工事をして、そこに柱を立て、壁を張り、屋根をつけて完成。今は家を作るための2×4といった資材がホームセンターで安く売られて手に入りやすくなっているのであまり難しくはありませんでしたが、さすがに屋根は難しかったですね(笑)。
船についても同じように、一から創り上げました。小型船でしたがこれで沖縄に旅したりして遊んだり、十分楽しめました」
遊ぶためにモノを作る楽しさ・魅力が伝わってくる写真を見ながら、生徒からは「本当に作ったんだ!すごい!」などの声もあがっていました。
伊藤さんが作ったシャボン玉を作る機械を動かしてみる生徒の皆さん
また仕事で作った“もの”についても写真で披露。恐竜のレプリカやシャボン玉製造機といった夢のあるものから、大学からの依頼を受けて開発した水中での光合成を計る装置や液体の粘度を自動で測る装置などが次々に紹介されました。
「今見ていただいた写真の中でも、横浜国立大学からの依頼があったこのモーターは、既に特許を取得しているにも関わらず実物が作れないと相談を受けて、開発したものです。私に話しが来る前に、既に大田区の会社にも打診されたようでしたが、その企業も出来ないと断られ、困っていたところにご縁を頂きました。モーターに使用するコイルもなかったので、それも自分達で作ったりして、費用を1000万円ぐらいかけて、半年がかりで創り上げました」
このモーターは、スパイラル(らせん型)リニアモーターと言われ、リニアモーターの一種です。通常、リニアモーターは制御がしやすい反面、力が弱いことがネックになっていましたが、このモーターは、小さな装置で大きな力を出すことができ、しかも制御しやすいというこれまでになかったもの。大学側が電磁気学と制御工学の両面から検討を進め、アイデアを確立しすでに日米で特許を取得していたにも関わらず、実物を作ることが出来なかったという代物。それを伊藤さんは創り上げたのだから、本当にすごい話です。
「どこにも無いものを作ることが楽しい」とものづくりの魅力を伝える伊藤さん
最後に伊藤さんは、“ものをつくる楽しさ”から生まれた信念を語り、またこの講演会を機に、学校の先輩として気軽に相談を受けつけるという心強い言葉を生徒達におくり、講演会は無事に終了しました。
「私は、どこにも無いものを作るのが得意だし、とても楽しいのです。だから今まで仕事を続けてくることが出来ました。もちろん、どこにも無いものを作るので、当然失敗することもありますし、だからこそ試行錯誤しながら改良を重ねていきます。ただ、このときにいつも思っているのは、どんな仕事でも、ポイントを見つけることはとても重要だということです。たとえどんな簡単な仕事でも、ポイントはあります。どこにも無いものを作るとき、煮詰まることもありますが、必ずそのポイントが問題突破の糸口になります。それが“ものづくり”のポイントなんです。今日はもっと質疑応答の時間をとって、皆さんからの質問に答えたいと思っていましたが、残念ながら時間がなくなってしまいました。ただ、私と皆さんは先輩・後輩の間柄ですので・笑、何か今日見たり聞いたりしたことでわからないことや知りたいことがあったら、気軽にメールでも送ってください」
講演会を終えて
様々なものづくりについて語る伊藤さんの話に生徒の皆さんも集中して耳を傾けています
講演会後に伺ったお話の中で、
「例えば、鉄が刃物を受け入れているかいないかというように、金属に対する感覚、加工した時の感覚ってありますよね。私がいくらわかるって思っても、わからない人もいる。これがいわゆる“勘”“センス”なんです。“ものづくり”にはこうした勘が必要不可欠。そうした感覚は言葉ではなく、若い感性のうちにどんどん経験してほしいなと思っています」
…と語ってくださった伊藤さん。様々な経験を経て得た知識とそれに基づく豊かな創造力を駆使して“ものづくり”を行ってきた伊藤さんだからこその言葉だと感じました。
講演会全景
同校では、2年生から機械系(機械エンジニアコース、ロボットシステムコース)、電気系(電気テクノロジーコース、情報メディアコース)、環境化学系(環境エンジニアコース、食品サイエンスコース)という3種類の専門分野に分かれての学習が始まります。
そのため、今回対象となった1年生の生徒達は今の時期、既に自分の希望するコースが少しずつ固まってきている時期。そんなタイミングの生徒達に対して行われた伊藤さんの講演は、将来の進路について改めて深く考えるきっかけとなる講演会となったに違いありません。