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かわさきマイスター活動レポート

かわさきマイスターが初の講演

県立向の岡工業高等学校・ものづくり講演会

提供:川崎市
会場となったエポックなかはら
会場となったエポックなかはら
県立向の岡工業高等学校(川崎市多摩区 林康弘校長)が開く「ものづくり講演会」の講師にかわさきマイスターの落合康孝さんが招かれ、平成23年3月10日(木)、エポックなかはら(川崎市総合福祉センター)で、「平成22年度第2回ものづくり講演会」が開催されました。「ものづくり講演会」は、ものづくりのプロフェッショナルに仕事の楽しさや大切さを語ってもらい、若者の職業選択・進路選択の参考にしてもらおうと、同校が川崎市の人材育成事業「ものづくり夢先案内人」と連携し、平成14年から行っている事業です。今回は、初めてかわさきマイスターが講師として招かれました。落合さんは機械科・電気科・建設科の1・2年生約430人を前に、「10代に伸びる創造力」というテーマで、10代の今だからこそできることについて自らの経験を踏まえ、熱く語りました。

講師プロフィール

落合 康孝氏/平成19年度認定かわさきマイスター (プリント配線基板製造工)
TSS株式会社本社事業所製造本部本部長。積層技術・めっき技術・エッチング技術に加えて機械加工にも精通しており、多様な技術を基礎に新しいプリント配線基板の開発と製造を行っている。ものづくりの引き出しが多く、LED照明用放熱アルミ基板、パワー基板(大電流基板)、バスバー基板(銅バーを活用したハイブリッド車・電気自動車用のパワーユニットで世界初の完全実用化)を開発・量産した。発想、創意工夫、試作、製品化など多方面に秀でた電子技術のマイスター。技能の継承や後継者育成にも熱心に取り組んでいる。相模原市在住。

川崎市の紹介で登場した落合さん(右)
川崎市の紹介で登場した落合さん(右)
生徒の司会で始まった講演会。冒頭、笹原哲也副校長が「社会へ出るといろいろな技術を持ったマイスターと呼ばれる人たちがいますが、今日はその技術を君たちへ伝えたくて(マイスターが)来てくれたので、しっかり聞いて下さい」とあいさつしました。続いて、川崎市からの紹介で登壇した落合さんは、「みんなが最高の名人になるため、少しでも近道になるアドバイスができるように面白い話をします」と述べ、生徒たちから大きな拍手で迎えられました。
その後、落合さんの職場や基板作りの作業風景、技術を紹介するDVD上映があり、講演が始まりました。

講演:10代に伸びる創造力

オンリーワンになるための技術力

みなさんの年頃は頭が柔軟で、何でも吸収できる。また、いろいろなものを見たり聞いたりしてその刺激にどんどん対応できる。これが10代の強さです。若いうちにできること、そのヒントが吸収できるように、私の話を聞いて下さい。

私はプリント配線基板の製造で、平成19年に川崎市からかわさきマイスターの認定を受けました。このプリント配線基板は、20工程ぐらいある工程を経てやっとでき上がります。私のように全工程をやれる多能工は珍しく、この業界でマイスター認定を受けたのは私が日本で最初ということです。

私が勤めるTSSは、プリント基板の設計、開発、製造、販売をする会社です。従業員は今87名、代表的な中小企業です。私はその工場で、新しいもの、変わったもの、世間にないものを作るセクションをメインに見ています。TSSのすごいところは、特殊基板を開発する力が多分世界一だということ。世界中から作れなかったものが集まってきて、私たちがそれを作り上げています。

身近な電気製品には必ず基板が入っています。電子部品を固定して配線する、そのための最も重要な部品がプリント基板です。基板の上には電気の信号を部品間でやりとりするための回路があり、ICやLSICPUなど製品の頭脳になる部品が載ります。その他、USBやコネクタ、コンデンサなどの部品がつけてあります。携帯電話やパソコン、ゲーム機、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの一般家電から加工機械、照明機器、自動車、飛行機、そしてミサイル、ロケット、人工衛星など、どんな電気製品にも基板が入っています。

TSSでは特に、放熱技術とパワー技術のふたつの分野を極めています。放熱技術は今ブームのLED照明用に非常にニーズがある。パワー技術は同じく今流行りの電気自動車で非常に評判がいい。このふたつだけを特別に、20年以上、開発してきました。TSSは中小企業ですから、ナンバーワンではなく、オンリーワン事業を目指しています。ナンバーワンになるには、莫大な設備投資が必要です。例えば、iPhoneの基板を作るためには、宇宙服のようなゴミの出ない服を着て、クリーンルームの中で作らなければならないので、設備にすごくお金がかかる。しかし、中小企業には資金力が足りない。そこで、どうしたらいいのかとなった時に、技術力でオンリーワンになれる、放熱やパワー技術の分野を選びました。そして、ある分野でオンリーワンに上りつめることを可能にするのが、ものづくりの名人、匠の技です。
事前にかわさきマイスターを紹介するチラシが配布されました
事前にかわさきマイスターを紹介するチラシが配布されました
放熱基板の簡単な仕組みですが、TSSでは金属と基板をミックスし、熱を吸収・放熱させるアルミ基板を作っています。放熱基板だと、LEDが光って熱くなっても、その熱は基板の下にある金属板に全部吸収され、LEDに全く負荷をかけないで明るさも落ちず、寿命も延びます。

また、パワー基板ですが、普通の基板に大きな電気を流すと、回路が焼き切れてしまいます。それは、部品が熱を出すのではなく、電気がこれ以上流れないところへ余計に流すので、回路が熱を持って熱くなるからです。そこで、限られた大きさの基板にどれだけ大きな電気を流せるのか、大きな電気を流せる専用の構造を開発してきました。普通の基板との違いは、部品が載る回路の厚みが厚くなっていることです。大きい電気が流せるように、銅でできた回路を何十倍にも厚くしてあるからです。すると、どんなに大きな電気を流しても、回路は熱を出しません。回路の厚みを大きくして、流せる電気の容量を増やすという単純な発想が、パワー基板です。昔は回路の幅を広くして、非常に大きい基板になっていましたが、今は設置する場所もないので、大きい基板ではだめです。

欲しい、作りたい、だから手を動かす

子供時代は自動車、オートバイ、乗り物が大好きで、F1のメカニックになりたいと思っていました。中学校へ行っても相変わらず車が大好き。車のプラモデルを一生懸命作っている子供でした。そして、メカニックを目指して、神奈川県立相模原工業技術高校の自動車科へ入学しました。今思えば、これからが私の楽しい人生の始まりでした。まず、本物の車に触る、いじる、分解するという喜びを覚えます。そして、すぐに自動二輪の免許を取りました。すると、メカニックになりたいという夢はどこかへいってしまい、バイクの改造に没頭する毎日が始まります。これが最初のターニングポイントです。

自分が望むデザインのマフラーが売っていない。どうしてもそれが欲しい、作りたい。そんな時、学校の実習でパイプベンダーを使ったパイプ曲げとガス溶接を習います。そこでひらめいて、学校の機械でバイクのマフラーを作ることにしました。私は自動車工学部というクラブに入っていて、部活動で実習の機械が自由に使える環境も整っていました。そこで、学校の裏にバイクを持って行き、そこと実習場を行き来して寸法を合わせて、自分が思った通りのかっこいい部品が完成しました。自分が望むデザインを自分で作る喜びを、学校へ行きながら覚えたんです。ものづくりの喜びは完成したときの達成感にありますが、子供時代に作っていたプラモデルよりずっと大きく、趣味のものが自分で作れるという喜びを16 歳でゲットしました。自分が目指す形が欲しいけれど、売っていない。だから、自分の手で作るために一生懸命になる。これがものづくりの基本です。スイッチはどこにあるかといったら、頭にあるんです。欲しい、作りたい、だから手を動かす。これが非常に重要なところです。

手作り事件その2になりますが、今度はバイクの色が気に入らないなと。その時ちょうど実習で板金塗装を習ったので、早速、自分のオートバイを塗ってしまいました。それを朝まで乾燥のために実習場においておき、次の日に見にいくと燃料タンクだけない。校内放送で呼び出されて校長室に行くと、タンクが校長先生の机の上にあり、先生は「よくできているじゃないか」と怒らずに褒めてくれました。そして、1年生だけで文化祭用に電気自動車を作ってみなさいと言われました。これが2回目のターニングポイントです。

みんなで三輪の電気自動車を作ったところ、1年生全員でNHKのテレビ番組に出ることになりました。当時、私たち1年生は非常に悪い子たちで、実習服に暴走族のチーム名を落書きしたり、とても学校代表でNHKに出れるようなキャラではなかった。そこで、校長先生がテレビに出る時にと、新しい実習着をくれました。ところが、みんな収録場所でいつもの作業着に着替えて、チーム名が入った作業着のまま全国放送に映ってしまった。当然、学校で相当怒られました。でも、処分はなし。その後も別の事件で退学処分になりかけましたが、処分はなく、校長先生の最後の温情に答えるべく、真面目に勉強を始めました。溶接、旋盤、板金塗装、エンジンの分解、組み立て、仕上げ、製図、自動車の構造加工。こういった基礎の教育実習が、実は社会で本当に役に立つんです。

達人とは「二の手」を考え出せる人

ものづくりでは必ず、壁にぶつかります。そんな時、人はふたつのパターンに分かれます。できませんと言って、万歳する人。もうひとつは、何が悪いんだろう、何かいい方法はないのかな、と考えるタイプ。これがすごく重要な感性なんです。できませんと万歳したら、そこでもう終わり。壁を自分で越える、これが大事です。この、何かないかなと動く手を、私たちは「二の手」と言います。困った時に二の手が登場して、うまくクリアして壁の向こうに行ける、凡人と達人の違いはこれだけです。この感覚と方法を、10代で身に付けて下さい。どんなやり方だっていい。必ずいい方法があります。できないのではなくて、できる方法がわからないだけ。それも方法は身近にあります。器用不器用や向き不向きは関係ありません。社会へ出た時に、この二の手を持っているかどうかが重要なんです。

もちろん、基本は重要です。学校で習う基礎は作業の基本です。これをどこかで覚えておくと、役に立ちます。例えば、基板は普通、樹脂で出来ています。業界なら、樹脂加工メーカー。しかし、私たちが開発している放熱基板は金属基板で、金属加工を極めなくては作れない。そこで役に立ったのが高校時代の実習でやった、金属加工です。樹脂加工専用の機械では金属は切れない、というのが定説でしたが、旋盤の突っ切りバイトをヒントに、金属を切るドリルタイプの刃物を開発しました。切断面は金属加工メーカーのものよりきれいです。これは、機械を使うノウハウではなくて、道具を作ってしまえという発想から生まれました。ジンクスを打ち破り、金属加工ができないと言われた樹脂加工専用の機械で、すごい金属製作を実現しています。

10代のみなさんができること。それは、好きなこと、興味のあることを極める、ということです。好きなこと、興味があることだから、手が動く、力が出る。自分の感性に磨きがかかる、高い感性を持ってものを見る習慣が付けられる。人と違うセンスを伸ばす、それが個性です。オリジナルの能力、見方、考え方を伸ばしましょう。ガンダムが好きな人がガンプラを組み立てて、リアルじゃないけれど飾っておこう、と思ってしまったらそれで終わり。妥協しては駄目です。リアル感を出すために、色を塗ってみる、さらにドライブラシで汚れ感を、メタルブラシで金属疲労の感じを出してみる。女の子なら、デコ電。セットで売っているシールで妥協したら駄目です。ビーズを貼ってみる、それでも物足りなければ、ネイル用のビーズやお花を貼ってみる。まだ何かいい方法はないかな、と自分の好みのところまで持っていく感覚が大事です。

要は変人。普通の人は、まあいいかと、妥協点が早い。でも、極める人はとことんいってしまう。自分の趣味、興味のことだから余計にとことんいける。10代の今できること、まず好きなことを極める。そうすると、自分だけのセンス、考え方が生まれる。二の手が出てくる。頭も一緒で、「二の知恵」というのが出てきます。これが身に付くと、ピンチに強くなります。人生も仕事も思いがけない時に壁にぶつかります。その壁を正面から乗り越える、これは難しいことです。それなら横へ行ってみる。ずるですね。でも、壁さえ越えられれば、方法は何でもいいんです。二の手、二の知恵が考えられれば、人生においてもピンチやプレッシャーに強い人間になれます。

私もこの方法で、最先端を目指しています。ハワイのマウイ島にある国立天文台のすばる望遠鏡は地球上で最大の宇宙を見られる望遠鏡ですが、このメインカメラの放熱基板も私が作りました。真空状態で使う天体望遠鏡はガスが出たら使えない、というのは、どこの基板メーカーも越えられない壁でした。ガスが出ない基板には、ポリミドという樹脂が使われています。しかし、TSSの装置では温度が足りない。それなら、何故、ポリミドはガスが出ないのか。本当に樹脂だけの問題なのか、と突き詰めていき、ガスは樹脂と一緒に入れているガラスクロスに原因があると分かりました。考え方のつぼですね。TSSが使える材料で何かないか、それとポリミドはどこが違うのかと、こんな単純な流れで世界最高の基板が生まれたんです。

五感をフル活用するものづくり

ものづくりでは、聴覚、味覚、視覚、嗅覚、触覚の五感を研ぎすませて、フルに使います。例えば聴覚。いつもと違う音が聞こえたと思っていたら、刃物が折れていたとか。この五感にもうひとつ加えて、第六感というのがあります。センスですね。なんとなく失敗しそうな予感がするとか、この第六感は危険予知につながります。また、二の手、二の知恵ともリンクしています。まずは柔軟な頭で考えるセンスを養いましょう、ということです。小さい子供は「何故なの?」とよく聞きますが、大人になっても、不思議に思う気持ちをなくしてはだめです。そして不思議に思ったら、確かめなければ気が済まない。こういう気持ちが、ものづくりの本心を追求していくきっかけになります。

若い時は思いがけない進化をします。そして、若い時に進化すると、一生、それが生きています。10代の今、進化のきっかけを作って下さい。それから、学校は辞めないで下さい。今を大事にして、高校生活は決して無駄ではない、ということを先輩の言葉として聞いておいて下さい。

みなさんが工業高校を出て、製造業、技術者、職人、エンジニアとして羽ばたいていくのなら、マイスターへの道はもう始まっています。何か好きなもの、大きい夢を持って、多くの基礎を学んで下さい。気持ちが入って興味が湧かないと、勉強は身に付きません。面白いこと、楽しいことを学校とリンクさせて学んで下さい。今日は、暴走族上がりだけど、基板ひとつでマイスターになったという私の経験をお話しさせていただきました。ものづくりの先輩のアドバイスだと思って、今日の話の中で何かひとつ覚えておいて下さい。10年、20年後に、あの時やっておいて良かったなとか、何か役に立てることが残れば、お話しした甲斐があると思います。みなさん、いいものを作れる職人になって下さい。